9年前のあの日

2011年、3月11日。私は子ども達と他のお母さんたちと一緒に公園にいました。縦揺れがあったあと、長時間の横揺れ。二度目は近くのアパートの窓ガラスが割れそうなほどの揺れでしたが、同様に横揺れ。

「遠くで、大きな地震が起きている。」そう感じた私は、不急の危険性は回避できたと感じました。運よく、たまたま夫が近くの事務所で作業だったこともあり、一家の無事は早い時点で確認。我が家はとてもラッキーでした。

翌日、スーパーに朝一で行くと行列でした。皆さんが非常食を買われていました。私はその日、鮮魚の味を買い、焼いてから炊き込みご飯にしました。

計画停電の話も聞きつつ、我が家は奇跡的に停電もなく通常通りの生活でした。電車に乗って歯医者さんにも行きました。でもその数日後に福島の原発の話を聞きました。

「落ち着いて、冷静な行動を」とテレビで聞くのですが、何が起きているからこのアナウンスがあるのかもわからず。でもものを買うことが嫌で、確か家に子どもたちといた気がします。

1995年の阪神淡路大震災で、私は身内をなくしています。あの時の情報の遅さで、被害がすぐにわかるとは思っていませんでした。全容がわからない。だからこそ、怖くはありませんでした。

「放射線物質があるから危険」という不安感はそれほどなかったと思います。ただ毎日を過ごした記憶しかありません。食事やライフラインに問題はなく。だけど、節電と子連れでものを買う大変さを感じていました。

3月末は五十嵐家の誕生日が続きます。私は「五十嵐家の近くにいないといけない」と思っていて、「どうしたい」が出てきませんでした。

そのうち、同じ年齢の子を持つお母さんたちが、実家に帰省している話を聞きました。「そんな方法があるのか」と思いながらも「五十嵐家に悪い」と心が立ち往生していたのを思い出します。

結局はそれからしばらくして、関西の親戚の家に移動しました。乗換で京都に降り立った瞬間に、駅の電気が煌々とつき、活気の違いに驚き、安心したのを覚えています。そして、他人事なのも。

当時を振り返って私が唯一後悔しているのが、「どうしたい」を優先して選択できなかったことです。誰かの顔色をうかがい(それは五十嵐の家とかではなく、自分の生き方としてです)、「どうしたい」が全く顔を出しませんでした。

放射線物質の放出量への不安とか、科学的な話ではなく、ひたすらに不便だったのです。夫は職場で仕事をこなす必要がありました。

そしてやはり、関西についてほっとしたときに「緊張していた自分」に気づけ、【いったい何に我慢をしていたのか】と思いました。

「自分よりも大変な人がいる」「だから我慢しないといけない」という思いがどこかにあったのかもしれない。一方で先に誰にも言わずに避難した人たちに、すごく複雑な気持ちだったことも気づきました。

我慢。これが今まさに通じる話でもあります。あの日。震災で被災された方、大事な家族を亡くされた方。だけではなく、震災によるいろんな不安感を感じながら「感情を殺した」人たちもたくさん生まれました。

東日本大震災以降に、仕事を再開しました。おどろくことに5年経っても震災時に味わった不安感から立ち直れていない方もおられました。そして、深い話を掘り下げると、皆さん今もその影響が生活の中に何かしらあります。

その話を聞いていて、そして今回の休校措置や、メディアの発信への混乱などは、もしかしたら前よりも子育て世代に混乱をもたらすのではと感じています。

特に、休校による子どもたへの監視力。本来は、拡散のリスクが抑えられるように子ども達に協力してもらっていることが、もっと感謝されるべきなのに、外遊びすら満足にできない話も聞きます。

そして、子ども達も外で遊んでも、イライラは募っているようです。我が家の子からは小競り合いなどの話を聞きます。半分は年齢的なものとして聞き流しますが、閉塞感は子どもにも大きな影響を与えているはずです。

また再登校が叶った場合は、今以上に学校に行きたくない子ども達も増える事でしょう。不登校が失敗ではないのですが、学校に行かないことを親子で受け入れるにはそれ相応のエネルギーを消耗します。たとえ行けたとして、心の平穏がすぐに戻るわけでもないでしょう。子どもの心身の影響も長期戦で見ていく必要があります。

3月13日の親子向けからだ講座は、私がこれまで関わった話や、からだの研究から、今の先を予測して必要だと思った情報をお届けします。

子どもは大人以上に、自分に起きていることを言語化できません。ただ気持ちの不安定さをからだの症状として感じる事や、イライラとしてしか出せないケースもあります。

そして、大人もまた、そんな子ども達にどのように対処したら良いか、わかっていません。しかも学校が開始して日常が戻ると思った矢先に、まだ対応が求められる可能性がある。だからこそ、伝えたいし、知って欲しいと思った内容です。

この講座を作りながら、確信したことがあります。

「人間も自然の一部」です。

これからの時代はAIが発達した一方で、地球の気候変動への配慮などが求められます。SDGs(持続可能な開発目標)についても、学校で学び始めるます。

社会にどのように関わるかという知識はどんどん増えていくのに、現実は閉塞感や不安感を増すのでは、学んだことを活かす以前に、日常において心身を健やかに保つことすら困難になりかねません。

「現状と将来にどのような補助線を引き、生き方を楽にしながら、社会の課題と向き合うか」というテーマは、今後重要になると考えます。それには、「科学的な基礎知識と、生き方を同時に育てる」発想が欠かせないと私は思ったのです。

親子向けのからだ講座は、これまでの経験からその先を予測した私が、子ども達に届けられるメッセージだと感じています。

これまでの講座はすべて私のオリジナルです。(売り出し方は技術屋でへたくそだとは自覚しています。)からだ講座は、どれもが科学的な思考と東洋医学的な視点が交ざっているけど「基礎知識」です。そしてセルフケア講座も一長一短を伝えることを大事にしています。

「●●だけやっていればよい。」という単純化したメッセージが人気になる時代に、「シンプルかつ複雑・自己決定」を訴えるので、時代と逆行した話ばかりです。しかし、それこそがこの先に求められると読んでいます。

今回は子どもと大人が集える場を大事にするロカヒさんと組んでの2000円ですが、次回以降は私が主催する場合は2時間6000円になります。それだけ本質的な話をお伝えします。よければ、3月13日まではこちらにお申し込みください。