治療の全容を書いてみました

ふだんはプライバシーで書けないこと

友人が自分の治療を言語化する許可をくれました。彼女は面白い文章の為なら、身を犠牲にできるタイプ。その気持ちを受け取り、今回note書き上げてみました。

この文章を彼女が紹介してくれました。

いっちゃんの治療は、①身体からどんなふうに何を受け取って②どの情報をもとにどう組み立てているのか?ずっと不思議だった。今回、その全容を、丁寧に丁寧に書いてもらった。これが、私にはめっちゃくちゃ面白かった!!治療を受けながら刻々と変化する自分の体の不思議を、いっちゃんに答え合わせしてもらっているような、そんな文章だった。—-私の個人的な感覚では、天才ってよく「飛ぶ」人たちのことだと思ってる。本人の中ではとてもロジカルで辻褄があってるのに、周りがその論理を追いきれず置いてきぼりになった結果、「飛びすぎててよくわかんない」と感じてしまうのだ。天才はそういう意味ではとても孤独。そしていっちゃんは、私の中では天才すぎて理解不能なところがある人だった。いっちゃんは、話すと毎回とても分かりやすくて(というかわかるまで説明してくれて)しかもベースに愛があるから、いつも安心してなんでも言えちゃうんだけれど、たぶん、やり取りで紡がれる言葉と、一人で必死に編む言葉は全然別のものなんだろうと思う。(読み返して「これは誤解を生むな」と思ったので追記するが、日常のいっちゃんは孤高の天才ではなく、常に心が向き合う人の側に在る人だ。安心して委ねてほしい。)で。今回のお話は、書いているのは天才・長嶋茂雄かもしれないけど「少年野球のチームにボランティアで指導に来て、キラキラおめめで見上げられ、これは退けないと、必死で自分の感覚を言語化している長嶋茂雄」だ。子どもたちに理解できる言葉を選ぼうと、苦闘する長嶋茂雄だ。面白くないわけがないじゃーん。(^^)読んでください。

フェイスブックより

なんだこの文章、めっちゃ面白い(笑)。
noteは試しに使っている者なので、こちらに同じ文章を記します。

38℃台の治療 ツボの視線を受けて立つ

親友のぢーこがあの日のことを記事にした。

https://note.com/embed/notes/n8bc3f29188d2

過分な評価なんだけど、私はこれまで過去を振り返って「過分な評価」と謙遜することでトラブルを招いてきた部分がある。だから言う。「不調が改善されたのは想定内」だと。

では何を想定しているか、そしてなぜ「謙遜」しているかというと、この言語化は非常に難しい。想定内ってミラクルではなく、根拠に基づいているのだけど、その根拠が直感に近い領域で起きているから。

そして結果論でもある。だいたい私は先に「大丈夫ですよ」とは言わない。治療を見立てて現状を把握しているけど、「大丈夫ですよ」が大丈夫でなかった時のことを考える立場だからだ。私は奇跡を起こしたいのではない。何を用いても、クライアントが楽になるように介入するのが役割だと思っている。

とはいっても、これもまたきれいごとで、介入はマイワールドをぶっ壊すことだ。想像を超えた破壊が起きた場合、相手は心のシャッターが高速で閉じる。私としては「あんた、さっき、『何でも言っていい』って言ったじゃんよ」と思う。実はこういう状況には私が傷つくし、避けたい。基本は相手が受け入れられる領域を忖度して探りながら、心身の不調にアプローチしている。でもうまくいかないことも有って、その担保のためには【謙遜は自己防衛のために必要】な装備でもある。

さて、なぜこんな話を書くかと言えば、ぢーこからお題を出された。私があの日ぢーこにどうアプローチしたか、書いて欲しいと。「むりげー」だと思った。

かつて私は、ぢーこから「かわいい顔したスーパーコンピューター」と命名された。私は来年からアラフィフだし、スーパーコンピューターだとも思っていないので、笑って流してきた。だけどこの言語化に関しては、スーパーコンピューターか長嶋茂雄さん的な感覚かで処理した部分もある。「バリアが溶けていく」・「ツボと目が合う」・「処理した場合のからだの変化をイメージしてゴーサインを出す」と書いても、伝わらないからだ。

だけど、ぢーこの頼みだ。意外や意外というか彼女とはまだ1年半ほどの付き合いだ。二人が参加した出版ゼミのほんの少し前に出会った。彼女の聞き出す力に乗っかって、私の世界が大幅に拡大してきた。だからやってみたいと思う。と言うまでの前置きが長いのはもう、許して欲しい。

ぢーこは本日発熱も下がり、痛みも減って引っ越し作業に取り組んでいる。それは私の治療直前に投与されたステロイドのおかげが多分にあると思う。だから手柄はやはりない、と思っている。

のだけど、想定内とした経緯は書き留めたいと思う。ただしこれはその場を見ただけでは無理で。細かい情報を積み重ねて想定内と判断している。そのロングストーリーが、深くて安全な介入には欠かせないと知ってもらえれば、今回は目的を果たす気がする。長嶋茂雄さんの感覚と野村克也さんのデータ野球みたいな。いや、それ以上私に野球はきかないで。私はセ・リーグとパ・リーグがいまだにわからないのだから。タイトルはイチローさんのバッティング前を意識したけど。野球はわからない。

あの日に入る前の前

治療は事前の準備がかなり重要。と最近思っている。あの日の前数日間はぢーこの発熱が続いていた。38℃台後半。コロナ禍の今、まずはコロナを疑わざるを得ない。だけど、ぢーこの反応はコロナとは違うかもなと思っていた。それは私が以前にぢーこの体調を把握していたからだ。新型コロナに警戒し始めた3月29日、ぢーこは嗅覚異常を訴えていた。

この頃、ちょうど私は出張治療家として大きな決断を下していた。出張治療を全面的に取りやめたのだ。代わりに遠隔調整と言う技術を用いてからだの状態を見立てて整える方法に切り替えた。この方法は賛否両論だと思う。元々2019年度でメニューから取り下げようともしていた。だけど、出張治療の代替として残すと決めた。直接身体を触れないので治療ではない。だけど出来ることもある。なりふり構わずに提案したいと思った。

そんな経緯の中でぢーこのからだを遠隔で見立てていた。

・3月29日発症
・3月30日から4月12日まで遠隔で状態を把握

この時は保健所もPCR検査体制が整っていないので、ぢーこはひたすら家にこもっていた。当時の情報としては症状が軽くても急激に悪化する場合があると。ぢーこは一人暮らし。万が一にも悪化していくなら「私が病院に絶対につなげる」という覚悟だけはあった気がする。

3月30日のぢーこは血熱があり、鼻と咽喉に反応があった。同時に炎症を示す経絡の小腸と、自律神経のバランスが崩れる時に出やすい経絡の脾にも反応があった。そして風邪を傷寒ではなく、温病としてとらえていた。「コロナの疑いあり。だけどPCRでは陽性になる可能性が低いだろうし、肺のレントゲンでも異常は出にくい」と当時の私は判断していた。

4月3日は気管支や肺に反応があり、咽喉の炎症をとらえ脾も同じくあった。そういう意味では3月30日と変化なしだが、血熱がなくなっていた。この時点で症状の悪化をほぼ想定しなくなっていた。

4月12日は肺の反応が消えていた。代わりに風邪をこじらせたときに見られる部位(陰部)に治療対象反応があり、まだ回復途中だと感じた。確かこの時「おそらくコロナだったと思う。」と伝えた記憶がある。

ぢーこファンのお母さん方は記憶があるだろう地図。ぢーこが販売した外遊びの地図は、このような経緯で人との接触を避けた中で誕生した。接触をさけて遊ぶことを誰よりも追求した地図が、あの飛ぶように売れた地図だったのだ。

発熱の前日

ぢーこのnoteにも記載されているので書いても大丈夫だと思うけど、発熱の前日。ぢーこから泣いて連絡がきた。大好きなお嬢さまの手術後の姿にどうしようもない不安と怒りが込み上げてきたことで、私に聞いて欲しいとのことだった。

ぢーこは科学の子でもあるので、その手術後の反応は不可避だと理解はしていた。でも心が追い付かなかったのだ。

ぢーこは自分の子ども達を宝物だと思っている。その宝物を守るのに、知恵も使うけど身を挺して守る。私はその愛情をアルマジロに例えたことがある。固い甲羅でかばう。バリアを張ることにエネルギーを注ぐ。そういう不器用さがある。

このやり取りの後、ぢーこはまた泣いたらしい。固い甲羅でガードする術は本能レベルで搭載されているけど、自分の怖さや不安を人に言えない。その不安さを人に言えた後、発熱が始まった。

こう書くとぢーこの話はスピリチュアル一色になってしまう。私はそれは違うと思っている。だけど新しい生き方にからだが目を向けた時、私達は無防備になる。その無防備さの中で、外邪に侵され発熱したと考えている。


治療を打診する

ぢーこの発熱はフェイスブックの投稿で知った。その情報をもとに遠隔同様に身体を見立てていた。すると熱はあるのだけど、4月のように呼吸器周りに反応が出なかった。

コロナの疑いを排除した。(この一文を言いたいがゆえに、私は4月の話を持ち出した。人のからだのデータは積み重ねていける。一見で出せる成果もたくさんあるけど、長い時間軸で見ることでよりその方専用にカスタマイズできる部分がある。)

そこで打診をして心の準備をし始めた。「絶対に治してやる!」と高揚しないために。「大丈夫かな」と余計な不安を抱えないために。何よりも感染症や重症疾患の可能性を見落とさないために。

で、心の準備をした私は、いつにないミスを犯した。大事な治療道具の1つを持っていくのを忘れていたのだ。手元にあるのは鍼とお灸と湯たんぽと置き針。

こわいなと思った。いつも見立てに頼る道具がないことは不安だった。だけどぢーこの身体に答えがあると覚悟を決めた。それが結果として良かったと思った。

非科学と科学を結びつける

その日は、ぢーこが大きな病院で検査を受けた直後だった。コロナではないにしても深刻な病気の可能性を疑われていた。

治療に入る前にその検査結果を見させてもらった。疑われたのは自己免疫疾患。他にも2センチサイズの胆石が発見された。今回はそのせいではないと。自覚症状は、腰を中心とした節々の痛みと、激しい頭痛。

ここからは不思議な話を書く。私は見立てる際に気の流れを読む。それはキネシオロジーとか、オーラ診断とか、オーリングとかFT、気診と言われるたぐいだ。鍼灸師が得意な脈診や望診とは違う。でも私はこれらもまた、感性を重要視していて、結局凄腕の先生は絶対に感性もフル活用していると思っている。

その反応を用いて、可能性をあぶり出したり、排除したりを繰り返す。何か目に見えないものに判断をゆだねる。方法は実に簡単で、色々な健康法や自己啓発系に使われてもいる。ただし、簡単だからこそ、用い方には注意が必要な手技だ。主観が入りこむ。自分のエゴを排除しない限りはその主観を正当化する手段になって、かえって生きづらさを生む。

その手法を用いて、私はぢーこの全体像を確認した。
・血熱(炎症がある)
・交感神経の機能が低下し、副交感神経が活動的、相対的に副交感神経優位になっている
・傷寒(いわいる風邪)
・頭部の血流が滞っている
・経絡は胆。そのルート上の大きな関節部位に気の滞りがある
・経絡の滞りは実(オーバーワーク)が多い。虚(エネルギー不足)はまれという前提で、今回は胆が虚
・身体に特徴的な反応部位が肩関節、股関節、足首、胆のう、あばら

ふだんはもっと細かく情報を把握するが、これだけで十分だった。ぢーこに特徴的だった二つの反応、胆の変調と自律神経の乱れを整えて、あとはその変化に任せようと思った。そして自己免疫疾患は、私の中では「今は排除」と判断した。その反応が乏しかった。

ただ足に鍼を打とうとして、発疹を確認した。ぢーこは打ち身だといったけど、ちょっと異常な反応だと思った。

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そこで改めて全体を確認。疲労も濃いが、今の原因にウイルスか細菌の可能性は濃いと感じた。日和見感染か特殊なものか。いずれにしても発疹の変化を追っておくことでヒントにはなるだとうと、私は写真に収めた。

後日談としてはこの写真が受診の役に立ったととのこと。記録は大事。

「がけっぷちかな?」と聞かれた

ここからの攻め方は、通常とは全く異なる。いかんせん普段使う道具がない。そして発熱の治療経験はほぼない。

だから「目が合うツボ」を探すことにした。実は見立てが決まった後は、その見立てを信じて赴くままにする方が「とらえ漏れ」が少ない。副交感神経を鎮めて、胆虚を変える。そう設定してからだに向き合うと、自然と手が動いていった。

すると面白いことに、足の薬指の外側と目が合った。目が合うってピンとこないと思うけど、街中で人と目が合う時って「相手が何か発している時」だったりする。あれに近い。「何かしらのメッセージがあるから目が合う」のだと書いていて思う。

しかもその位置は胆の経絡の最後のツボ。私が用いる流派では、胆虚はもう一個手前の別のツボを用いる(難経69難)。だけどもう一つの流派では、このツボには胆の炎症(火穴)を抑える気水穴としての役割がある。こじつけだとしても、私にはこの知識が後押しだった。そこでこのツボを中心にお灸を開始した。

まずは右から始めたと記憶している。これは目が合ったからだけど、胆は肝と共に右側に存在する。右から始めて左。そしてツボをどんどん加えていった。

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加えていきながら、ぢーこの関節の気の滞りを追っていた。そして呼吸の深さも見ていた。

その途中でぢーこが聞いてきた。「ねぇ、いっちゃん、がけっぷちかな」。このタイミングが面白かった。ちょうど自律神経のバランスが安定してきたなと思った直後だった。

「。。。。。うん。峠は越えたと思うな」と控えめに答えた。

これまでの経験から、自律神経にせよ経絡にせよ、私がとらえた全体像は潜在的なものと表面上が混在しやすいとわかってきた。だからぢーこの変化はおそらく大きな分岐点だとは思ったけど、では翌日にぶり返さない保証はない。そして、多くの人はぶり返さないことをイメージしている。だから安易な言葉はかけにくい。

その間も淡々とお灸の作業は続く。最初は胆経だったのが、陰の腎なども主張してきた。発熱そして傷寒が出ている以上、恒常性全体の治療が欠かせない。ツボと目が合う。そのツボの位置と意味を頭から引っ張り出して、解釈する。そんな作業を続けた。

そうこうするうちに、頭痛が減ったと理解した。頭部の血流が変わって、腹部の滞りに変化したからだ。頭痛の状態を聞いたら「あ、位置が変わってきた。外側が脳の中央になった」と。よし、通常の治療手順も行える。と判断して、うつぶせにした。

うつぶせもお灸三昧

頭を動かすとやはり頭痛がするとのこと。そりゃそうだ。治療は言葉を頼りにするけど、言葉に振り回されてもいけない。何よりクライアントはそれを望んでいない。頭の片隅に置いて、再びツボを探していく。

ただ、うつぶせに関してはほぼ定番がある。その定番のツボを基準に、お灸を繰り返す。お灸は仰向けとうつ伏せで合計100個近くを用いた。お灸は温めて熱を加える方法と、熱を加えて熱を追い出す方法とがある。どちらも恒常性を取り戻す。背中の上部は前者で、本人が辛いと自覚していた腰は後者を用いた。と言ってもこれはイメージだ。ただ治療は、イメージが確立した方が効く。他者からは違いがわからなくても、気にしない方がいい。誰かに向かって言っておく。

その途中で鍼を打った。原則浅い。腰だけ2か所じっくり深く差し込んだ。お灸を終えても鍼が効くのを待った。

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懸念事項の洗い物に手をつけた

ぢーこが治療が8割、洗い物が2割と書いていたように、あの日洗い物はどこかで関わる予定だった。理由はカラダにとって必要だと思ったから。

あの日、ぢーこのからだを点数化していた。その人の最高状態が10点として、からだは6点、心が5点だった。この数字的にはからだはそこまで悪くないと判断できた。時に2点の人もいる。そのレベルからすると、ぢーこはしっかりしていた。実際にぢーこの受け答えはいつもとほぼ同じ。高熱の時は人は見えないものが見えたり、異常行動が出たりする。ぢーこはほぼなかった。

ぢーこにとって洗い物が苦痛なのは、それ以前の投稿などから理解していた。そのような苦痛がある人にとっては、体調がよくなっても「あああ、あらいもの、、、」と想像しただけで憂鬱になってしまう。

私は「効かすためには手段を選ばない」主義だ。効かせるためにできることは時間内でなんでもする。鍼がなじんでいったあの時間、ぢーこはウトウトしていた。ならば今洗うべきだと思った。

思ったよりも洗い物は整然と置いてあった。ぢーこ、私が洗い物を貯める時は、乱雑におかれていて、うんざりするんだよ。でもぢーこは、丁寧に水につけてあった。あとは洗えばいいだけ。何の問題もなかった。

置き針をして終了

治療は通常、私が設定した時間で区切る。それ以上はしないという点を越えた時、かえって体調が辛くなる人もいるからだ。

今回も同様に区切ったけど、その時点であのアルマジロのようなバリアが溶けていた。これまた言語化が難しいのだけど、治療と身体とからだを取り巻く外の環境がうまく馴染んでいた。

本人は頭痛と腰痛をまだ訴えるけど、それは時間にゆだねてみると判断した。からだの恒常性は、元に戻るきっかけがあれば後は本人に無理ない範囲で正常に戻っていく。繰り返すけど、言葉を受け止めながら振り回されない。相手の言葉に応え過ぎると境界線がずれる。相手の期待に応えて生きてきた私からすると、心の葛藤は今も常にあるけど、人が持つ恒常性を信じて線を引く。

そして油断をしないように、私はこの先の可能性も伝えた。熱、頭痛、からだの痛み。何がぶり返してもおかしくない。「これで大丈夫」と言えるのは数日落ち着いてからだと思った。

ただあのバリアが溶けて、呼吸が変わり、そして自律神経が安定してきたとき、からだの治るスイッチを入れたと判断した。万が一の予想外を思うから口には出さなかったけど、「想定内」はこの時点ですでにあった。

医師の見解と私の見立てが合った

本日再度受診して「自己免疫疾患」の可能性は排除されて「何らかのウイルス」を示唆されたとのこと。見立て通りだった。

この時の私の気持ちを正直に書く。

「わお、さっすが私!!」だった。でもそんな喜びはほんの一瞬だ。

治療家として毎日いろいろなケースに出会っている。その都度自分への評価を上下させていたら、心がおかしくなる。向き合うことが怖くなってしまう。そして他の方のご尽力に気が配れなくなる。効けばいい。私でなくても。

ただ見立ての正確性は本当に不思議だと感じている。もちろん、ずれることもある。というか「バリアがあるときは踏み込まない」ので、何かがかみ合っていない時に起こる。

見立ての精度は、経験と膨大な知識のおかげだと感じる。キネシオロジーは誰でも簡単にできるけど、だからこそ知識の構築の邪魔をする。多くの人は独自の解釈を入れてくる。あるいは言われた通りを信じる。私も妄想クラブ委員長として、妄想や独自のひらめきはあるけど、反証作業を繰り返す。そのうえで、理解できないけど確からしいものは、矛盾があってもその確かさを手掛かりに進めていく。

翌日に熱が下がったのは、やはりステロイド投与のおかげだと思う。副腎を助けてくれたのだろう。私はどこまで貢献したのかわからない。だけど、それでいい。少なくとも私はこうやって記録できるほどに経験を重ねた。それが次の誰かに役立つとうれしい。

そしてがけっぷちが好みなんだと自覚した。もう、ちょっとおかしいと思うのだけど、がけっぷちが好物。特殊事例はワクワクする。

治療かは困っている人に手を差し伸べることが一番大事と言われてきて、私はそれが出来ずに叱られたことがある。役に立てたらうれしいに決まっている。だけど何年たってもやはり、そこにある何かを探すことが面白い。

そう、ぢーこのツボとはたくさん対話をした。それが楽しかった。
そんな一文でこの長文レポートをしめる。