子どもは親が寝たきりでも健やかに育ちます。でもできる事ならして欲しいこと。

子育てのスタートをしくじった私

実はこのように感じているお母さん方はたくさんおられます。少なくとも私が関わるケースでは多いです。お宅に伺うので、お子さんが在宅の場合は観察しますし、ご依頼があれば治療をします。

 

お母さん方と、お子さん達を見ていて思うのです。【大丈夫。子どもはもって生まれた気質をスクスクと育てている】と。これはしくじり経験のお母さん方からのメッセージでもあります。ですから、しくじったと思ってもいますが、開き直ってもいます。子どもは気質は勝手に育てています。

 

親として反省しているのは、劣等感と罪悪感を抱えたこと

私が育児を振り返って、あくまでも今のところですが、唯一反省している点があるとすれば、【親として抱えた劣等感や、子どもにちゃんとできなかった罪悪感を持ったこと】でした。

子どもは、周りの人間を真似ながら成長します。赤ちゃんの時子どもは私とべったりでしたが、私は常に【劣等感と罪悪感】を抱えていました。でもそれはひよこクラブと比較しての劣等感でしたし、親のあるべき姿とは違う罪悪感でした。子どもには無関係のことです。

ところが、子どもは私の表情しかわかりません。【母にそんな思いをさせている自分が悪いのでは?】と存在の劣等感と罪悪感を子どもにも真似させてしまった時期があったと思いました。

 

実は私も、「生まれてきてよかったのか」を抱えて生きてきた

私の母は、学生結婚で私を産み育ててくれました。その時の母の苦労は、、、またいつかの話になると思いますが、母が苦労話を言えば言うほど「自分が生まれてきたことを責められている気持ち」になっていきました。

二歳の記憶が、「母を守ろう」という気持ちでしたし、ある時まではとてつもなく大人びた子どもでした。子どもらしく、女の子らしく、女子らしく、女性らしく、ここに常に戸惑いがありました。

この時にあったのは、「母の気持ちを真似た」だけなのですが、「母の抱えている背景」を理解するのには不十分で、ただ単に存在の劣等感と罪悪感だけを味わっていました。

 

思春期真っ盛りの子どもに謝った

私が母から真似た事。子どもが私から真似た事。

とある出来事を掘り下げたときに、この事実に行きました。私が母を信頼していた、そして子どもが私を信頼していた。そのために起きていた部分もありました。

母を責めるとかはなく、とりあえず真っ先に子どもとタイマン、あ、対面に向かい合って話をしました。

 

「不安にさせてごめん」「自分自身を信頼して欲しい」と謝罪をしました。

 

実際は、「いや、それはやりすぎだ」と対応をいさめる話もありますが、子どもには自分を信じて欲しいと願ってますし、実際に素晴らしい洞察力にうなることもあります。ですから、あの時に変な場面でしたが向き合って謝ったことは、良かったと思っています。

 

幸せは、親がしっかりしなくても提供できる

私を含む、多くの挫折を味わったお母さん方が「ちゃんとできていない」事に焦点を当てるのですが、ちゃんとしているって実はすごくアバウトなイメージです。家によって違うイメージが浮かぶ可能性すらあります。ですから、ちゃんとしている必要は究極不要ではないでしょうか。

 

ですが、親が幸せを感じていると、子どもはその環境でも幸せを感じると思っています。周りが「あの家は・・」とかいうかもしれませんが、余計なお世話です。治療家としては笑顔が最優先です。

 

ご自身の体調不良や、子どもの発育・発達に悩まれる皆様。ハードルをとことん下げましょう♪。大丈夫。子どもはそれでも健やかに育てられます。

 

五十嵐 いつえ

 


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