35歳まで言葉での自己表現ができませんでした。

ブックオリティに応募して言葉を整える強化期間をこれから迎えるわけですが、ほんの数年前までは、時には「日本語がわからない」と大泣きして過ごしてきました。

35歳まで言葉での自己表現ができなかったと、タイトルに書きましたが、言えていたのは不満と苦しみだけでした(;^_^A

じゃあ、どうしたいの?どうしてほしいの?となると、泣くか怒りでしか表現できませんでした。

子育てで悩むお母さん、35歳でこれだった私が書きますね(笑)。私はどうしたら良いかわからなくて、その年齢まで成長しました。

自分の気持ちや感じたことが言語化できない苦しみ。

絵心も音楽の才能もなく、表現できないもどかしさ。

海外生活から帰国して、その生きづらさと重なったことで「日本語」での表現の難しさと認識していましたが、

【自分の気持ちをきちんと感じて表現しても良いという環境】に身を置けていなかった、「どう感じる」すらもシャットアウトしていて生きてきていた側面もあります。


社会情勢などの難しい話はいくらでも話せるのに、自分の気持ちを言葉にできない時間でもあったと今はわかります。

ではなぜ35歳以降に伝えられるようになったかというと

気診気功に出会ったからなのと、「その気持ちは大事にして良い」とサポートしてくれた友人たちのおかげです。

気診気功では気をオーリングテストや、フィンガーテストのように細分化して情報を特定します。

私は自分が出したい言葉をこの手法を持ちいて選んでいた時期があります。

言葉を頭の中で一つ一つ調べました。

スタート当初手間はかかりました。でも、ようやく自由を得られた気がしました。

自分が感じたことを出せる喜び。

正しさやあるべき論の言葉では気診はOKと言ってくれなくて、OKを出す言葉を俯瞰すると本当に届けたい言葉でした。

やがて言葉が先行して、自分の感じる心には幾重にもシャッターがあったことに気が付きました。

そのシャッターは、幼いころから頑張ってきた自分が、自分であることを傷つけないように自分を守る手段でもありました。

生き苦しかったのでしょうね。言葉に自信を持ち始めながらも、心のシャッターを開けることは本当に怖いと感じました。

余談です。今の仮説ですが、このシャッターを開ける作業を言葉でやる必要は、必ずしもないと思っています。言葉での作業は、皆さんが思う以上に高度な技術と人間性が必要です。「資格を取りました、できます。」ではない世界です。やるなら、自分のスピードで本当に信頼した方と。治療家としては、違うアプローチもあることを知っています。

言葉を扱えるようになって一番大きく変わったことは、自分の他の能力も向上したことです。

人に想いを伝えることで、集団で何かを作り上げることや自分の役割を理解すること、時にリードすることができるようになりました。

今でも変わらず不器用ですし他の方の協力なくして自分の力は出せませんが、言葉での表現ができないと苦しんでいたあの頃よりはものごとを楽にこなせています。

表現ができる事の幸せは、私が閉ざしていた気持ちを勇気づけてくれましたし、諦めていたスキルが「あるかもしれない」という新たな希望も引っ張り出してくれました。

そんな当事者として言いたいのは、子育てを含むすべての生きづらさへの望ましい支援策です。

人の持って生まれた特性や苦手意識、背景にあるトラウマを、否定したり過剰に刺激しない。もちろん、時にはそれを整理します。

でも何かが突破できることで、出来ないと感じていたあらゆるものに少しでも光が届くことも視野に入れながら今具体的にできることに力を注ぐ。

なぜなら、それは生きる自信になるからです。

ヒトは好奇心が旺盛な生物です。

出来ないことが出来るようになる。

これは集団への貢献から得られる承認欲求と同じくらい、自分を満たす喜びです。

今生きていることを120パーセントの肯定で支えたその先。それは安心した環境下で育つ能力でもあります。

私が言葉での自己表現が苦手だったと今どれくらいの方が読んでいて思うのでしょうか?

私が他人から指摘(批難)されることだらけだったと、想像できますか?※ダメな部分は健在です。

出来ることが一つ増えただけで、他のことも出来るようになる。そして出来ないことを自他が責めなくなる。私の経験談でした。

余談です。言葉は手段です。英語がわかる、話せる。早期教育は、言語の回路を早い時期から活性化させるのには有効だと思います。でも、その言語能力で何を表現したいかという能力はまた別で、自分らしさを出せる環境下で安心して発信ができることも同時に大切です。